378話 カンニングパフォーマンス

夜に和歌山市駅に到着すると、駅前で「ストリートダンス」やら「歌」やらを「若人」諸君が励んでいる。

しかし、夜の和歌山市駅から帰る人は多そうであるが、和歌山市駅に帰る人は少ないよでうで、大阪駅前歩道橋のように、多くのギャラリーを集めている、ということはまったくない。観客ゼロというのが定番である。

たまに二人ほど観客がいるぞ、と思ったら、場所がバッティングしたため順番を待っている「もうひと組のパフォーマー」だったりする。

今日はストリートダンス組は皆無。駅階段前の花壇のところで女性ボーカルと男性ギターの二人組がなかなかいい声で歌っている。


「お、いいじゃないか」ということで、花壇の反対側に座ってしばし歌声に耳を傾ける。

歌い手は、駅上から駅前にまっしぐらに降りてくる階段に向かってポジショニングしているので、筆者には背を向けたかっこう。歌っているうちにこちらに気がつき、しだいにこちら向きにからだの方向を変えてくるのであった。一曲終る。

何を歌うかギターと相談。出だしを歌ってはあ〜だ、こ〜だ言っている。ギターはギターでタバコに火をつけ、くわえタバコでポロロンやっている。緊張感のない野郎なのである。

っと、「卒業写真」を歌い出した。

♪悲しいことがあると 開く皮の表紙 卒業写真のあの人は・・・・

おお、この曲は、私に生まれて初めて「彼女」が出来たとき、高校の卒業記念にと彼女がくれた「卒業ないし恋の歌、一本にまとめて録音しました特別テープ」の中の一曲ではないか。

しかし、筆者にはなまなましい思いでとともにあるこの曲も、すでに四半世紀前!!!の「懐メロ」であり、駅前パフォーマンスお姉さんは見たところ20代前半。この曲が最初に流行った時にはまだ生まれてなかったのかもしれないのである。

と、ここで私は理解した。つまり歌い手は、唯一の観客である筆者に「受けそうな」歌をとっさに選曲したのであろう。

しかし、彼女は歌詞を全て覚えていたわけではなかった。詰まりかけた。そして彼女は「大阪駅前歩道橋」パフォーマー」では決して取らないだろう行動を取った。分厚い歌集を手に取り、「卒業写真」のページをすばやく探し、二宮金次郎のように眼前にかざすと、フルコーラス朗々と歌い上げたのであった。

歌集見ながらパフォーマンス。

いいなあ、和歌山。

盛大に拍手をし、家路についたのであった。