522話 亀男と温泉と雲とラーメン

meuto2006-10-09

合宿終了後、東京の山上くんと大阪のK藤さんといっしょに蔵の湯へ行こうということになった。大学で醸造を学んでいた山上さんは酒蔵の中に温泉がある!というので興味津々。めったに行けるところではないので、今回のこの機会にぜひともということになった。

蔵の湯まであと3キロ〜4キロというあたりで、軽快に山を下っていたら、前方に『黄土色の甲羅を背負った巨大な亀』が歩いていた。近づいてみたら「○○方面まで乗せて下さい」という巨大な段ボール看板を背負った人であった。


聞くと徒歩とヒッチハイクで日本一周を目指し旅する、四国の西山(26歳)君であった。名刺がわりにくれた名札は四国お遍路用のもの。徳島から和歌山へと旅を始めた彼は、那智・熊野などの霊場を回り、和歌山県を半一周し、昨日は我々と同じ空海の眠る高野山へ「御大師さまの掛け軸を収める」だか「手に入れる」ために向かい、我々がストーブのともる宿坊『常喜院』さんで暖か〜く般若湯とつまみで盛り上がっていたころ、高野山の大門の下で寒々と野宿をしていたという。


車中3名はその場で「西山くんに和歌山の良さと暖かさを味わってもらい、彼の旅を励ますためにはどうしたらいいのか委員会が」を結成し、検討した。そして「旅の垢をひとときだけでも落とし、霊地であるかれども冷地でもある標高1000メートルにならんとする高野山で冷え切った彼を、和歌山県が誇る日帰り温泉である「蔵の湯」へといざなうことにしたのであった。


剃髪している彼は、温泉でひさしぶりにカミソリを入れた頭に、血と湯気を浮かべながら、満足の笑みを浮かべたのであった。

さらに「一日300円の食費で自炊している西山君に、推定3週間分の動物性タンパク質を補給する委員会」が結成され、温泉を出発した我々は、一路西へと、和歌山市へと向かったのである。

目的地は「超過激な和歌山ラーメン。ステーキとしかいいようがない巨大なチャーシューが4枚入って、なんと650円」、まる高ラーメンであった。


紀ノ川沿いに西へと向かう国道24号線の進行方向には180度開けた抜けるような秋の青空。そこには船の舳先から左右に波が広がるかのように我が進行方向に向かって左右に分かれて広がるうろこ雲。(写真)その雲を扇に見立てた要(かなめ)の部分はまさに今から向かう和歌山市上空。その部分には、割り箸にまきつける前の空中に漂うわたがしのごとく、また鳳凰の翼もかくやと思わせる不思議な見事な雲が浮かび、し、そこへ日輪が鎮座しているのであった。


さらに、うろこ雲をはさんで左右ほぼ対象にひとつずつあるちぎれ雲には、その雲の後から射す日の光がプリズム現象を引き起こし、青・黄・赤と虹のごとく輝き、門柱の上の明かりのごとく、また灯明のごとくに中秋の西の空を祭壇のごとく彩っているのである。過去、虹そのものは幾度も見たことはあるが、雲そのものが虹と化している様を見るのは始めてである。(これは位置的に写真には入らなかったのが残念である)


それは、何を祈願しての巡礼の旅であるかは聞き損ねたが、日本一周の旅を始めたばかり(と言っても14日目)の西山君の旅を西方浄土より祝福されているかのごとくであり、空海のお膝元でささやかながらもみっちり充実した修業にいそしんだ合宿参加者の前途を、見守られているかのごとく、妙麗にして不可思議、神秘的であり、華麗な秋の空に描かれた大パノラマであった。


その後西山青年は、まる高で怒濤の勢いで4枚の驚愕の超巨大チャーシューラーメンをその全てのスープとともに瞬時に平らげ、委員会メンバーが食べきれなかったチャーシューもまた彼の胃袋におさまったのであった。


すべてぎりぎりの時間帯でのスケジュールであったが、その後は、東京へと帰る山上せんせの乗らなければ帰れなくなる6時台の特急サザンの待つ和歌山市駅へすべりこみ、お互いの前途を祝福しつつ駅頭で別れたのであった。