個体発生は系統発生をくり返す
I中のお母さんは80歳代半ばという人生の大先輩。
お宅に伺うようになって4回目。
初めてお会いして時には、秒速10センチのつたい歩きでした。(それ以下だったかもしれません)
「二回目の後、ウッシュレットにおしりを合わせられるようになった」と3回目にお聞きしました。(それだけの腰の動きもできなかったということですね)
その3回目が終わった後、いすに座ったまま腕で5センチぐらい体を持ち上げられるようになりました。
4回目、今日。先週手を添えても、片足がぐらついてできなかった四つんばいができました。
先週までは、横座りから一気に四つんばいに持っていこうとして、どうしてもおしりが持ち上がりません。
今日はできました。
仰向けからうつぶせにはなれます。そこで、うつぶせから正座を経由して、そこから上半身を前に滑らせるというコースを通ると、はいはいができる。
三木成夫先生は「個体発生は系統発生をくり返す」を説かれました。(中公新書 胎児の世界)
赤ちゃんは、進化の過程をおなかの中でくり返して、赤ちゃんとして生まれる、ということですね。おなかの中で、魚や爬虫類を経て、獣になって、人になる。
生まれてからも、その繰り返しはあります。
うつぶせで手足の伸び縮みはできる(くらげね、いうなれば)。身を左右によじる(魚なわけです)。寝返りを打つ(捻りますから爬虫類的動きです)腹ばいから、正座になる。(正座というのは骨盤の開閉運動ですから、いわば鳥=翼の開閉運動、です、運動の分類としては)そこから四つんばいで動く。獣ですね。
乳児の発達段階においても、個体の運動獲得は、系統発生順に運動を獲得していく、というわけです。腰椎1番〜5番に順に対応している、ということにもなっています。
だんだんと体が不自由になって、「今までのように」四つんばいをしようとしてもできなくなったわけですが、この「今までのように」の部分が怪しいと思っています。
「できるようになってからの動き」をやろうとしてもできなかった。それを「はいはいの前の動きに戻ってからやったらできた」というのが今日の現象です。
正確に言えば、はいはいの前(正座)の前(寝返り)の前(あおむけ)からやり直したらできたわけです。
ということは、たとえばスポーツの何かの技術を、きちんとした土台の上に打ち立てようとしたら、その運動の段階の前からやらないとできない。前の段階がきちんとできていたら、習得とレベルの維持は非常に容易になるということです。
もちろん、その前の段階がきちんとできていなかったら、その前に戻る必要があります。
というので、まずは単純な「伸びと縮みだけ」というクラゲを道場ではせっせとやり、徐々に魚を入れていっているわけです。
しかし、こうやってI中さんが、再び四つんばいを獲得するのが、まさに系統発生順であることを目の当たりにして、ちょっと感動しました。
はいはいができないI中さんが、再び動ける体を取り戻していく過程が、たぶんテニスで月曜日にみなさんが上達して次のレベルを獲得する際に起こる過程と同じで、マヒのM橋さんが動きを取り戻していくこともまた、そういう自然の摂理の中で起こっていくのではないか。
私の中で、ますます「それ」を強く感じました。一つです。
はいはいができるようになったI中さん、手押し車を押しながらの歩行は、秒速10センチが、少なく見積もっても15センチぐらいになっていました。