1,2,3…

今回原稿を書いていて見つけた現象。


「うずと軸の体育」をまとめたわけですが、その最初の最初と思われた実験がありました。


人は右に回ると重くなり、左に回ると軽くなるという現象があります。もちろん、相対的なもので、体重計に乗って変化するものではありません。重心が落ちるとかリラックスするとか、そういう身体面の変化が、人に持ち上げられた時の「持ち上げやすさ、持ち上げにくさ」で現れるというものです。


この体重の相対的な増減というのは、おんぶやだっこしている子どもが寝てしまうと、急に重くなるとか、泥酔している人を起こそうとするととても起こせないとかという身近な場面でよく起こっていることで、それ自体は特殊なことではありません。


ただ、泥酔しないでも、寝ないでも、気絶しないでもそれが、回転で引き起こせるということです。


それだけでも不思議と言えば不思議ですが、ただ、それだけでは別に使い道はないんですね。


それで、その人が回ったら、重みに変化が出るなら、その人が立っていて、周りを別の人が回っても変化が起こせるのではないか、ということを思い立ってやってみたのです。


これまた不思議と言えば不思議ですが、立っている人の周りを右に回ると、つまり、立っている人からすれば、ちょうど自分が左に回っている時の景色が動く方向に回ってみると、ちゃんと軽くなったのですね。もちろん、相手の周りを左に回ると、中に立っている人が重くなる、という現象も起きました。


最近「矢印を見るだけで、腕相撲が強くなる」とか「身体が柔らかくなる」とか「腰をつんつんとタッチするだけで、思いものが簡単に持ち上がる」とか「余分な力みがこういうメカニズムで故障につながる」とか「歩くだけで身体が柔らかくなったり、コリが消えてしまう」などさまざまなことをやっていますが、ルーツはこの「相手の周りを回ってみる」という実験から続いた発見のドミノ倒しの結果でした。


人が回転によって重みの増減をするということを知らない間は、ゼロ(何もない)でした。


それを知っただけの状態は1=いち です。ただそれがあるだけ。何の変化も発展も起こらなかったのです。


自分が回って起こせる変化を、相手の周りを逆に回ることができる。これを実際にやってみてその現象が起こることを確認した。これが2=に です。


1だけの間は変化しなかったのが、2になったとたんに「ということはこういうこともあるんじゃないか、こういう使い方ができるのではないか」というのが動きだし、気がついたら怒濤の流れになっていました。


1のままで置いておくか、2を作るかというのがこんなに違うのかと、原稿書きで5月〜10月までを振り返ってびっくりしました。


これは1と2、ということなのかもしれないし、たまたまの発見がちょうど中の人が回る、外の人が回るという陰陽の関係に手が着いたということも大きいのかも知れません。そうかな。そうだとしたら、ブログのタイトルとは中身が変わっちゃうかもしれないけど、そうかもしれない。


1だけだと意味がわからない。それを裏返したものを見つけると、活発にいろいろなものが生まれ始める。


そういうことかも。


いやいや。ついさっきまで1と2について、こんなことを書こうと思っていたんですが。「街で、何かビルでも見上げている人がいる。それが一人なら別に気にならない。ところが全然別の人(親子とかカップルのようにはなからペアになっている人たちではないの意味)がいたら「何事?」となって思わずそちらを見てしまう。三人が見ていたら、後は一気呵成に「なんだなんだ」とみんな見る。こういう現象かと思っていました。


どちらを掘り下げていくことになるのかな。