267話 抜いた  

外れたのは銀歯のかぶせの部分である。これで口の中を噛むことはなくなった。とりあえずはしっくいのような何かで埋めて、さて本格的に治そうね、この親知らずは抜いてしまいましょう、というところで多忙になり、一年がたった。

先日、今度は左の上のかぶせが取れたので、これはどうしようもなくまたまた歯医者にいった。

整体的なからだの見方では、頭よりも身体の方が賢いのではないか。体は何でもしっており、また余分なものむだなものというのは基本的にはないのだ、という生命観にたって指導させていただいている。

ということは、親知らずにだって何らかの意味があるのではないか?というような考えもあってやみくもに抜くのには抵抗があった。というのは実は言い訳、公式見解、建て前、政府発表のようなもので、実際は以前に通っていた歯医者でさんざんおどかされたからである。

その先生はけっこう名医というか、腕がいいと評判の先生でひとりひとり時間をかけてていねいに見てくれる。そこで入れたさし歯が短期間で取れたりすると、「俺の仕事にそんなまちがえがあるわきゃない」と無料で治したりする。

で、その先生に通っていたころ

「津田さん、この親知らずは抜いてしまいましょう。で抜いた後3日ぐらい大変ですから、3日ぐらいは仕事を休んだり、多忙にならないような日を選んで下さい」

この一言が潜在意識に入ってしまった。ひらたくいうとびびってしまった。

ところが、実際に抜いてみるとなんともあっけない。ぬけた親知らずを見ると、なんか小粒のピーナッツのような情けない形で、これがわが口の中を永年にわったって内戦状態に導いた元凶かと思うと肩透かしをくったような思いを感じたのであった。