289話 サカイ軍団接近す

3月10日

引っ越し当日である。前日の疲れもなくただ、ちょっといつもより早く起きた眠気があるだけである。

午前8時をもって引っ越しのサカイ軍団が来襲する手はずになっている。

8時になった。しかし・・・軍団は来ない。NHKのニュースを観る。「引っ越しのサカイ、引っ越し先に向かう途中で大事故、引っ越しはキャンセル」というようなニュース速報は流れていない。マンションの正面(西側)道路には4トン車の影も形もない。

マンション裏手が見渡せる玄関側階段へ家内が斥候に赴く。

わがマンションはその昔戦国の世のころ、荒木村重が居城として君臨した、惣構え(城壁土塁などで街全体を囲んだ築城方式)の伊丹城の北東の端になり、その北東の角というのは切り立った崖になっている。守るに易し、攻めるに難しという地勢上の要所にある。

斥候に出た家内から報告が入る。

「どう観てもうちに来るつまりらしいサカイの4トントラック発見。マンション東側・駄六川ぞい道路。マンションとの距離100メートル。応援らしい小型トラックも見受けられます。おそらくここへの接近ルートが分からないものと思われます」

そう、旧伊丹城北東の要所にあるわが伊丹パークホームズは、駄六川から見ると、目の前にたっているように見えるのである。しかし、その間には中層マンション一棟と、このあたりの地主か何か、非常に敷地の広いお金持ちの邸宅が一軒あり、さらにマンション東側斜面は切り立った崖という鉄壁の布陣を誇る。

いかに引っ越しのサカイといえども、東側からわがマンションに攻め込むことはできないのである。


我が哨戒隊員から続報が入る。

「あっ、青いユニフォームを来たサカイ軍団の偵察部隊が一名、走り出しました。青いユニフォームの背中にはパンダのマークがついています。」

サカイ軍団は、東側斜面に偵察部隊を繰り出した。偵察隊は実に迅速な動きで、文化住宅脇から、共同利用施設「クスノキセンター」を突破し、我がパークホームズ城の南東斜面を駆け上がり、トラックを見下ろす戦略上の要衝を確保したようである。そしてサカイ軍団は、「パークホームズの東側に突破口なし。西側は無防備だっせ」という状況を的確に把握したようなのであった。

しかし、まだまだパークホームズ城は落ちない。サカイ4トン車が止まっている道路から、マンションに接近する道は、マンションを囲むように大回りに→西→北→Uターン→南→左折 マンション正面という実に複雑なルートをとらなければならない。

マンションの南側を東西に走る道路は、大阪空港へとまっしぐらに続く重要路線であり、またマンション西側を南北に走る道路は尼崎〜伊丹〜川西と続く幹線道路である。震災時には宝塚神戸方面へ北から迂回して救援に向かう全国からの救援車両で大渋滞した道路である。通称を「産業道路」という。このことからしていかに重要視されている道路かということが伺われる。

そして、そのことがサカイ軍団の接近を困難たらしめることは容易に予想できた。マンションに近づくには、空港線から北へ右折すればすぐだ、と「アトラス道路地図帳」を見たサカイ軍部隊長はそう判断するはずだ。しかし、サカイ軍は行く手を阻まれるのである。右折しようとしても、そこにはちんけな道路には決して設置されない「中央分離帯」が唐突に設置されており、マンションを「北側40メートルに発見!」と思っても、右折できないままむなしく西進するしかないようになっている。

産業道路の交差点で強引にUターンしても「ヤマザキパンの平松商店」の角は4トン車が左折するにはあまりに狭すぎるのである。かくして振り出しに戻らざるを得ないアリ地獄のような道路状況である。

気を取り直して、再度空港線を西進し右折、産業道路を北上し、今度は「東側50メートルにパークホームズ発見!!」と思ったとしても、そこにはまた唐突に中央分離帯が設置されており、「右折はできまへん」。マンションまで一直線に入れる道路を目の前に、むなしく消防車の前の信号まで数百メートルを走らなければならない。

かかる幾多の試練を乗り越え、サカイ軍決死隊4トン車は、マンション前にたどりついた。さらに敷地に入るのに、その昔戦国の世に無敵をうたわれた武田の騎馬軍団を長篠の戦いで壊滅させた織田信長の木柵(+鉄砲隊)のごとく、マンション敷地へのトラックの侵入を阻む鉄壁の城壁(敷地の入り口に3本ポールが立っているだけ、とも言う)を撤去する作業が待っていた。(管理人さんに「引っ越しですんで開けてもらえまっか?」というと「そうでっか」と言ってすぐに開けてくれる、とも言う)