292話 せ〜の でよ
長尾隊長は各室をぎらりと見て回り、頭の中で段取りを立てた(のだろう)ちなみに長尾隊長の外見は、年に1回、日本中から筋肉自慢の男たちが集う人気番組、超難関体力気力筋力敏捷性平衡感覚と運を競う「サスケ」の常連である岐阜県揖斐郡の消防士「竹田さん」に似ている。
長尾隊長は、天井までうず高く積まれた「パンダ石垣」をひょいひょいと崩しては室外に運び出す。重さを確かめてからではなく、いきなり2つを抱えて運ぶ。あっという間に壁面が見えてきた。
大型家具になると外側のメンバーを呼ぶ。一瞬たりともロスな時間がない。あーでもない、こーでもない、という時間がない。スタッフに厳しい口調で何かを言うこともない。たっくさん指示は出しているようだけれども穏やかである。
重い家具を運ぶ時でも力みがない。我々が重たいものを数人で運ぶとすると、やはりかけ声が必要である。
「せぇいのぉうでぇ ヨイショオオオォオオ!!!!」
という感じになる。力み感に満ち満ちている。音楽的に表現するならフォルテシモである。
長尾隊長は
「せーので よっ」
と声をかける。本来この「よっ」のところに「よっ!!」とアクセントが来ると思われるだろう。しかし、家具を持ち上げる瞬間のその部分にもまったく力みはないのである。音楽的に表現すればピアニシモである。
実際に耳にすると「せーの でよ」と名古屋弁の日常会話のようである。 まったく力感がない。こめかみに青筋がたつ感じがない。荷物の重さがないようである。
もしかしたら、このかけ声によって、スタッフたちも「本当はこの家具はまったく重くないのかも知れない」と半ば催眠状態になり、日常の数倍の筋力を無意識に発揮しているのかもしれない。
一方で「お茶入れましたから飲んで下さい」」と言うような場合の長尾隊長は打って変わって「いやゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃ〜〜〜〜っすいませぇぇぇん〜」と実に情感たっぷりにお返事されるのである。
好感度大である。
段取りがいいということは、無駄がないということである。ぼさっとする時間がないといことである。残り3名の隊員達も隊長のペースで実にてきぱきと働き、ダッシュし、作業開始20分ほどで汗ぐっしょりになっていた。
ぜ〜ったいに作業終了は昼過ぎだと信じて疑わなかった筆者夫婦はあせり始めた。部屋はどんどん空っぽになっていく。
「きき、きっと車の方までとりあえず移動しているんやで」
ベランダから見ると車の外にけっこう積み込まれていない荷物があるように見える。がちょっと時間差をおいて見ると、その量は増えていない。減っている。着実に引っ越しの積み込み作業は進んでいるのである。
作業開始30分ほど経ったころ意を決して長尾隊長にお伺いを立てた。
「あの、あとどれぐらいで終わりますか?」
「1時間ぐらいじゃないでしょうか」