304話 川の話 5

確かに地図を見ると寺田屋の前は川があることになっている。しかし、今市街地を流れる川というのは、多くの場合三面コンクリート張りの「溝」である。排水溝とでも言うような状況である場合がおおい。

「旺文社 人物グラフティ 坂本竜馬 青春と旅」92ページの現在の寺田屋の写真では、写真下部に、コンクリート製の溝らしき垂直なコンクリート面が写っている。その写真は、川の対岸から寺田屋を撮ったアングルのようである。手前に雑草がぼやけて写っている。その遠近感から言って、川幅というのは三十石船など一艘分もありそうに思えない。どぶ、みぞ、農業用水路よりもちょっと幅はありまっせ、という程度に見える。

以上の要素を並べて推理すると、川幅は約4メートル、寺田屋側コンクリート製垂直壁面、南面、雑草の繁る土手。実際に水の流れている幅、1メートルから広いところで2メートル。水深深いところで20センチ。浅いところで5センチ。水質 不良 多少臭気あり、というあたりが想像される。

筆者はそれほど人目を気にする方ではない。思い立ったらやってしまう、というタイプに所属する。

シミュレーションしてみよう。

居並ぶ歴史ファン、竜馬ファンでにぎわう寺田屋の前で、カヌーを組み立てる。公園の池の貸しボートなどよりはるかに長い。少なくとも2.5メートルはあったと思う。中に寝転んでも前後にすき間が十分にあく。大人二人、子ども一人に多数の荷物が乗り込める大きさである。その大きさのカヌーを組み立て、寺田屋前のコンリート製のみぞにばしゃんと置く。(浮かべるではない)水深5センチ。ライフジャケットとカヌー用ヘルメット着用。漕げる川幅ではないので、ひもでずるずるとカヌーを引っ張ってスタートする。

う〜ん。

この状況で寺田屋をスタートにする歴史的意義は感じない。明治をしのぶ歴史探訪とはどうしても思えない。やっている本人も思えないのだから、寺田屋周辺に集う竜馬ファンの皆様にも理解されるとは思えない。「カヌーをひきずった謎の中年男がどぶ
の中を歩いていた」としか見えない。はっきりいって恥ずかしい。

以上の推理がどの程度正しいか、再度おとづれてみようとは思う。
とにかく川のにおいがしなかったのである。