310話 人は予測することで生きている4

人体にはある場所を押さえると、特定の運動や感受性が高まる、というスポットがある。例えば腰椎の1番に手を当ててもらうと、ジャンプするという運動がとたんに楽になり、視線は高くなり、遠くを見てしまう、という反射が起こる。

そういう反射点を頭部でいろいろと探していた。それで間の話ははしょるが、消化器系統(要するに飲み食いに関係する)の運動反射点で、頭部のある点を押さえながら、役者に「飲む」という行為をさせる実験をした。するとある点では自然に「日本酒をなめるように飲む」という行為になる。その点を対をなす対応する別の一点を押さえると「ジョッキでビールをあおる」ような飲み方になってしまう、という実験結果が得られた。

役者に水の入ったコップを持ってもらい「ええか、これはビールやで」言っても「日本酒的飲み方反射点」を押さえると、グラスをなめに言ってしまうのである。「ええか、これは幻の大吟醸や。ごくんごくん飲んだらバチが当たるんやで」と言って日本酒を飲む芝居をする状況設定をしても、ビールぐいぐい反射点を押さえると、ごっくんと飲んでしまうのである。

反射点を押さえると、飲み方が変わる。口の形、あごの角度、首の角度が違うのである。

頭部中央頭頂部より前よりに「日本酒的反射点」がある。頭頂部後ろよりに「ビールぐいぐい反射点がある」

ビールの宣伝文句に「のど越し」という言葉が頻繁に登場する。日本酒を口にする表現に「ちびりちびり」とか「なめるように」というフレーズが使われる。

この両者はかなり大さっぱに言うと「ビールは顔を上を向き、下あごが開く」飲み方をして、日本酒は顔を下を向き、上あごがさかずきのふちを迎えに行く、というカラダの運動がともなうと言える。

ビールの場合、顔を上向きにして下あごが開くと、かぱっと開いた口から、のどに向かって一気にそそぎ込むという飲み方しかできない。ビールは口の奥に迎え入れようとするのである。だからビールのCMを観てもらえばわかるけれども、みんな上を向いている。それでのどがむき出しになって、のどぼとけが「んぐ、んぐ、んぐ」と動いている。ビールというのは、のどの奥にぶつけたい飲み物なのである。

しかし、日本酒のCMはそうはならない。飲む瞬間には上くちびるがさかずきを迎えにいく。顔はやや下向きになる。松竹梅を飲む渡哲也を思い出して頂けば一目瞭然である。

顔を下に向けると、下あごは絶対に開かない。運動としては開くことは開くが、その口元に飲み物があれば、開かない。なぜか?顔を下に向けながら下あごを開いたら、口に注いだ液体はこぼれてしまうからである。いきおい上くちびるで迎えにいき、口中のきわめて前の部分に迎え入れる。口の下を舌で覆って、その舌と上あごで液体をはさむようにする。すると液体は舌と上あごで味わった後、口の中を広がり、引力によって下側に落ちていき、ゆっくりとのどに到達する。その口中の液体がゆっくりと広がるような飲む運動が、観ているものにとっては「うまそう」と映るのである。

したがって、ビールは顔が上を向き、勢い良く注ぐほど「うまそう」に見え、日本酒は顔を下に向ける時間と程度が長いほど「うまそう」に見える。