314話 薬屋さんと私

我が道場のオフィスビルの中にある。昨日は、置き薬の営業の方が飛び込みでやってこられた。

「すいません。F沢薬品です。こちらに常備薬の置きはございますか。ぜひ置かせて頂きたいと思いまして」

礼儀もしっかりした、若い営業のサラリーマンの方である。好感度なかなかよろしい、という人であった。よって

「間に合ってるよ。はいはい、じゃまじゃま。さっさと帰って」

というようなむげな対応には心が痛んだので、きちんとお話をすることにした。

「申し訳ないのですが、私どもの会では、自分の健康を考える時に、何ものにも頼らないということを基本にして、薬というのも可能な限り飲まないように!ということを常日ごろ会報に書いたりお話したりしています。その道場に薬箱がで〜んと置いてあるということになると、会員の方々に対して、言っていることとやっていることが違うじゃないかということになってしまうのでございますよ。」

「分かりました。それでしたら外傷の手当のセットのみを置いていただくということにさせていただけばいかがでしょう?」

「申し訳ないですね。つい先日も『傷に救急絆創膏を貼らないと治らないように錯覚している方々がおられる。治すのは絆創膏の薬効成分ではなくて、絆創膏の内側の皮膚にあるあなた自身の治癒力だ』という話を書いたところなんです。」

と、ご説明させていただいた。この説明で某薬品会社の好感度大営業マンが、心より納得して心安らかに次のオフィスへと向かわれたかどうかは定かではない。

私と営業マンの会話の最中に、某シュタイナー教育関係施設で働いていらっしゃるIさんが、更衣室で笑いをこらえて、営業マン退出とともに出てこられて大笑いをされていた。「このビルの中で、もっとも薬と縁遠いところに来てしまったのね」という訳である。

この営業マンにミュートの健康観を伝えることは、やはり失敗していたと思われるが、そのやりとりを聞いておられたIさんに、ミュートの基本的なスタンス・健康観を再認識していただくことには成功したのだった。