332話 電車トイレ男

阪急南方駅でのことである。トイレに行った。ら、トイレの入り口のところで、自動販売機で「流せるティッシュ」を購入している方がいた。

小用を足してくると、後で「カチャン、カラカラ」という虚しい音が何回も聞こえてくる。どうやら自動販売機が故障しているらしく、いくらお金を入れても戻って来てしまうようなのである。

およそ駅のトイレの「大」希望の方で、余裕を持って「ついでに」というタイミングの方は少ないように思う。たいていの方は「せっぱつまって」いると言っていいと思う。

大阪駅のような巨大な駅の朝など、「大待ち」の方々が数名列になっていることがある。そういう時の「大待ち」の方々というのは、いかに平静を装っていても、目は血走っているし、呼吸は浅いか荒いか。ドアが開いた瞬間に見つめる目の鋭さ。お待ちの皆々様の「直腸」から「肛門」にかけては、もうすでに秒読みが始まっている、というのは一目瞭然なのである。

なぜそういう切羽詰まった状況になるのかと言えば、駅だからである。

電車というものは、途中下車というのに精神的に抵抗を感じる乗り物であるように思える。ふとあなたの下腹部に「その胎動」を感じたとする。その時、まだ「下車予定駅」もしくは「乗り換え駅」までいくつかの駅があったとする。その時あなたは即刻途中下車して、トイレに駆け込むだろうか?おそらくは大半の方がもう一駅、もう一駅、なんとか目的駅まで・・・とがまんしてしまうのではないだろうか。

そこには「ここで降りたら、次の急行まで20分待たないといけない」というような計算も働くであろう。「しばらくがまんしてたら、おさまるかもしれないし」というような希望的観測もあるだろう。そうした結果、余裕ゆとりをもって駅のトイレ「大」に行く、という人は限り無く少なくなる。駆け込んだ時にはすでに秒読みという事態が多いだろうと思われる。

ということで、この「自動販売機むなしくお金が返ってきてしまう、どうしよう、どうしよう」という方の気配を背中で感じた私は、「きっと秒読みに違いない」と察した。

さて、筆者はこの月曜日に「何が入っているかわけが分からなくなるリュックサック」から「パソコンを打つ台にもなるし、あければ中身は一目瞭然」のソフトアタッシュに買い替えたところである。今日のかばんの中に「流せるティッシュ/一回使っただけ」が入っていることがとっさに思い出された。

皆様は、「使いかけのポケットティッシュ」が、かばんの中に長期間放置されていると、どういう状態になるかご存じだろうか?口のあいたやつである。ティッシュというやつは、一回口を開けたら最後、どんどんだらしなくなる。どれ〜んと口はあいていく。そしていつのまにか中から紙がはみ出し、丸まり、ただの紙屑になるのである。


そうなってはティッシュも浮かばれまい。私はアタッシュをあけると、その「目を血走らせた」男性に「使いかけですが、よかったらどうぞ」とティッシュを差出した。

すると、その男性、あきらかにうろたえていた。ひょうたんからコマ、棚からぼたもち。アタッシュからティッシュである。干天の慈雨である。救いの紙(神)である。あまりの幸運(幸ウン)に、混乱しているものと見て取った。そしてほんの少しの抵抗の後、ティッシュを受取ったのである。しかし、その後が実に不可解であった。

彼はそのティッシュを背広のポケットに入れたのである。私は頭の中が「???????」になったが、「何で大便所に走り込まないんだ」と詰問するのも大人気ない。きびすを返して手を洗った。するとその男性、何を考えたが小便器に向かって小水を始めた。ますます私の頭は「??????」になった。こうなると私もしつこい。トイレを出ると、少し離れてトイレの出入り口を見張った。

小便を終えて手を終えるに十分な時間を待ったが、彼は出てこない。やはり私の姿が見えなくなったら。大便所の方に駆け込んだに違いない。時間の経過はそう語っているのである。

何が彼をそうさせたのか?謎である。もらうなり大便所に駆け込む、というのは失礼と考えたのか。そうでなくてもパニックになっている「何で紙が買えないの!!!」状態に降ってわいた流せるティッシュ

しかし人間の行動なんてものは、自分でも訳が分からないことをけっこうしているのであろう。男性が出てくるまで張り込みを続け、尋問した訳ではないので真相は謎である。。

おそらくご本人も訳がわからなかったに違いない。