544話 人体 竹輪理論 3

ヤクルトやらビフィズス菌飲料などをせっせと飲むのは腸内の微生物環境をよくしようというのが狙いのようである。

皮膚の外側で、吸収しやすいように微生物がせっせと働いてくれている。これって、実は植物と同じである。地面に落ちた枯葉やら、鳥のうんち、虫の死骸なんぞを微生物がせっせと働いて植物が吸収できるようにしてくれている様子そのものである。


植物が根っこの周りでそれを行っているのが、人体の場合は口から肛門まで穴を開けてそこに微生物を取り込んで消化を助けてもらっている。


小腸のあたりはコンポストだと思えばよいわけだ。


しかしながら、人間は「自分」の「胃や腸」が消化していると思っている。しかし、上記のように実は皮膚の外側で、微生物に助けてもらっているのが実態である。



それだけお世話になっていながら、これら微生物をわが身の一部と実感している人はまれであろう。それら奮闘してくだすった微生物の死骸が3分の1ぐらい占めているのが便だ(と聞いた=読んだ。筆者がうんこをひっくり返して数えたわけではない)一部アブノーマルな愛好者を除けば、だれも自らの一部としてそれらをかわいがりはしない。忌み嫌う人がほとんどであろう。


好きでも嫌いでもいいんだけれど、わが身の消化する働きだと思っていたもの一部は、実は自分ではなかった、ということが言いたいのである。


また「わが身の内側」=自分だと思っていた胃袋や腸が、実は自分の皮膚の外側なんだ、ということが言いたいのである。


じゃあ皮膚の表面はどうなのかというと、微生物というのは空中、地上、地中どこにでもいるので、皮膚の表面にもも当然微生物がついている。乳酸菌なんてやつはありふれてどこにでもいて、手にもついているらしい。ぬかづけをかき回す際には、その乳酸菌がぬかに混じる。そしてぬかの中で増殖し、先住微生物と一緒になって発酵を進めていくのだという。よってかき回す人によってぬかずけの味は微妙に異なるのだそうだ。


女性の皮膚表面上の乳酸菌の量は、男性の比ではないので、女性のかいまわすぬかずけには、なかなか太刀打ちできない、というのは微生物評論家でもある盟友・RYO氏(って高野山合宿の項で登場)の受け売りである。


たんに引っ付いているだけでなく、人体にとって無害な微生物が皮膚表面に住み着いていることで、有害な微生物、細菌などが皮膚上で悪さをし、また侵入するのを防いでいるという働きもあるらしい。というのは、10月30日の快の学校の河野先生の講義の受け売りである。


ゆえに筆者は「便座除菌シート」というような発想は違和感を感じること大である。そういう微生物一方的悪者論を推進する商品に組するすることはできない。便座除菌シートがなかったからといって、病気になるようなやつはおらん!


前にも書いたが、うちの兄ちゃんは小さいとき、頭から「のつぼ」に落ちたんだぞ。でも未だに元気に寒い東北で働いているんだぞ!


そんなに菌が嫌いなら、味噌食うな、しょうゆ使うな、ヨーグルトもヤクルトも酒も飲むな、なんである。