622話 ベリーダンス その2

海老原先生から流れ込んでくるエネルギーは、大地から上方に体の中を垂直にエネルギーの軸が頭部まで貫き、それがジュルジュルとうねり、そこに両手・両足からからぐぐぐぐ、ぐぐぐぐとうねりが追加されていく、という感覚で筆者に訪れた。形状で言えば、クリスマスツリーのもみの木であるが、体感で言えば「スーパーパワフル、クリスマスツリー」である。

【 脱線 】

ここでお断りしておく。


特に「整体」やら「気功」などの世界に踏み込まれた方々は、実に抽象的な世界の話のはずなんだけど、妙に具体的な気の体感の表現の文章やら表現に出会うことがあると思われる。


そういう気の体験などは実際にはしたことがないが、ジャンルとして興味があるので、そういう本などを読んで「どんな世界なんだろう」などと想像している方もあるだろう。(かつての私がそうだった)


筆者も例に漏れず「海老原先生から流れ込んでくるエネルギーは、大地から上方に・・・・」などと「それっぽく」書いてしまった。


これは、ほんとうの体感ではあるけれど、ほんとうの体感ではない。


海老原先生の舞踏時における「ある時点」で、筆者が自分のからだに、どう響いているのか、ということに集中した時に感じだ感覚の一部のみを、比較的わかりやすい例に出して、書いているものである。


つまり、その舞踏中に感じたことを正直に書くならば


わっ、わっ、わっ〜。

・・・・・

あや〜〜、あちゃ〜、

・・・・・・

えええ、ひえ〜。

・・

おおう、おおう、おおう、おおう、

すっごぉ、(凄い)・・・すっごぉ(凄い)

ぐぐぐぐぐぐぐ、

やっばぁ〜 、やっばぁ〜

バチバチバチバチバチバチバチ(拍手)


というような状況であった。 


やはり整体やら気の専門家としての表現であるから、それっぽく書いた方がいいかな、などと思い


【 上方に体の中を垂直にエネルギーの軸が頭部まで貫き、それがジュルジュルとうねり、そこに両手・両足からからぐぐぐぐ 】


などと格好つけてしまった。


確かに、


「胸椎6番の両側にある硬直した部分に触れると、内在しているストレスの指向性は、体表面を飛び出して腹部前方に気の欠けたスポットを作り出しており、硬直からやさしくそのスポットに暖かい気を注ぐと、背中の硬直はみるみるゆるみ、同時に肩の緊張が連動してゆるむと、深い呼吸が現れて、彼女は最近感じたことのない深い安堵感に包まれた」


というようなのも実際問題あるのである。そういう気の世界もあるのである。しかし、その場合の「気」というのは、実は狭義の気なんだなあと思うのである。(つづく)