706話 教科書問題
昨夜は尼崎泊まりであるが、午前中に泉佐野に出張に向かい、とんぼ返りで神戸のサラシャンティ、夕方には道場へと向かい、夜は和歌山に帰るという、時間効率としてはきわめて良くない一日である。
さらに交通費だってかかるから経営効率としても良くない一日である、などと心配してくださっている方はいないだろうが、一カ所にとどまりつつ仕事が少ないと萎えてしまい、落ち込み、人生を恨み、天を恨み、自虐的になる(ってそこまでひどくはないか)筆者であるが、たとえ移動距離が長くとも、待ってくださっている方があるというと、きわめて元気になる、というのが筆者の習性である。
また、テラっ娘M本さんもご存じ、フォースの宿りし奇跡の交通手段、「スルット関西 3デイチケット」の有効期間なので、私鉄移動距離が長いほど、何か得をしたような気分になる筆者である。ということで、移動距離は長いけれども、きわめて心身共に勇気凛々瑠璃の色である筆者であった。
さて和歌山に帰って夜中の自宅。せっせと勉強しているひろきの部屋に行き、じゃまをする親父であった。
ひろきが手作り机に正座して、復習ノートを広げている横で、ロッキングチェアもどきに座り、昨年度彼が勉強していた「中二 英語 ワークブック」などをぱらぱらとめくる。
「重要文?なになに」
Who do you like better, Jun or Teru?
---I like Teru
あなたは、ジュンとテルのどちらのほうが好きですか?
私はテルの方が好きです。
「うへ、文部科学省は何という教育をしやがるんでい。ひろきよ。間違ってもこんな英文を重要文だなんて思っちゃならねえ。つぶあんとこしあんのどっちが好きですかとか、カレイは煮付けと唐揚げのどっちがいいですかって文章なら許す。その言葉の向こうにはもてなしの心って〜のがみえかくれするじゃね〜か。
ところがなんだい、この【重要文】てえやつわよぉ。この人とこの人のどっちが好きだなんて面と向かって尋ねるなんて、やっちゃいけねえよ。好きじゃないって言われる方の気持ちにもなってみろってんだい。こりゃあ一種のいじめだ、いじめ」
He is not as cool as Junn
彼はジュンほどかっこよくない
「げ、この女も何てえ根性の女だ。間違ってもこういうのを彼女にするんじゃねえ。
自分でどっちが好きだって聞いておいて、相手がテルだって言ったとたんに悪口を言う。自分がジュンの方が好きだってんなら、別に人に尋ねなくってもいいじゃねえか。
それによ、人間は見てくれじゃあねえんだよ。大事なのはハートだ。そして行動だってんだい。」
「だいたいなんだい、【美しい国 日本】とか言っておいて、こういう人の気持ちもわからねえような文章を重要文にするような教科書を放置するような感覚でいながら、一方で道徳教育の充実なんておかしいじゃねえか。片手落ちもはなはだしいぜ」
などと、正しい教科書の読み方について講ずる親父であった。
そして、こういう親父の熱弁を上手に聞き流すことに長けたひろきは、「こんなばからしい教科書で勉強なんてやってられね〜ぜ」と思うことなく、お陰で先学期は成績を上げたようである。
親の心、子知らずというか、親はなくとも子は育つと言うか。