721話 新緑と達人

今日は午前中、母上と墓参りに行って後、お仕事というスケジュールなので、朝、和歌山から車で出発。


新緑が美しい。緑が目にしみる、という言い方があるが、ほんとうに目にしみる感じがする。


真夏の深緑の葉には感じないが、新緑には感じるものが確かにある。


だいたい「新」がつくものには、「感じる」ものが多い。


「新婚」なんて言うと、「ああ、ピンク色のカーテンのこじんまりした新居で始まる新生活」などと肯定的な空想がどんどんわく。


「新妻」なんて言うと「ああ、ういういしくって、はにかんでうなじがぽっと桜色」なとと肯定的な空想がどんどん湧く。(ちなみに「極妻」なんて聞くと、おどろおどろしくって、タンカを切って こめかみが青筋色などと恐ろしい空想がどんどん湧く)


新入社員、新入部員、新人、新経営陣。新がつくものには、ことごとく肯定的な印象を持つ筆者である。


新緑の黄緑には、その後、どんどん緑の深さを増していく「伸びしろ」が感じられる。今は未熟であるけれど、だからそこ「まだまだ行きまっせ」という未来のエネルギーが感じられる。「どんどん変化しまっせ」という柔軟性である。


筆者の好む武術の分野では「達人へのあこがれ」というものがある。達人というのは、きまったパターンに精通した人のことではなく、あらゆるパターンに変幻自在に対応できる能力のことであろう。ということは、ひげのおじいさんというようなイメージのある達人であるが、その実「無類の若さ=弾力」の持ち主である、と言える。


ところで、新のつく言葉を思い浮かべていて、一つ違和感があったのが新幹線である。


幹線の新しいやつってこのネーミングは、戦後の焼け跡から無類の速度で復興を果たした日本のシンボル的な「夢の超特急」のネーミングとしては、「????」というぐらい無骨である。そのまんまである。


当時「国鉄」であったから、新幹線も国の策定した計画によって創られたのは間違いない。すると、国土交通省(って当時は違う名前でしょうが)の策定した「日本 新・幹線鉄道網計画」なんてものがあって、それにしたがって開発されたのであろう。


で、新聞なんかが「新・幹線鉄道網計画」なんて書くと長ったらしいので、省略好きな記人が「新・幹線」までて切った書いちゃった。それがいつのまにか定着して、「新幹線」というネーミングになったというのが筆者の推理である。


真相を知る方があったら、ご一報下さい。