729話 手抜きの効果

要求する一点を押さえて氣を通し、反応を追いかけて変わったら手を放す、というような方法が調整の基本であるが、最近は変化し始めたなと感じたら、完了を待たずに早めに手を放すということをやっている。


意外なほど、この方が効果が高い場合が多い。広範囲に効果が広がり、弾力が回復し、長く変化が続く。


これは一見常識に反しているようである。こわばりが強ければ、より強い力で長くもみほぐさないとほぐれない、と誰しも思う。筆者だってそう思っていた。


しかし、対象を「こり、こわばり」ではなく、「人のありよう」と見方を変えると景色は違ってくる。


長い説教の方が相手が反省すると思っているのは言っている本人だけで、言われる方は退屈してたいてい他のことを考えるか、早く終わらないかなあと思っている。ほめ言葉だって毎日同じことを長時間ほめられたってモチベーションは上がらなくなる。


問題は、「その時」ではなく、「その後」がどうなるかである。


今、反省した顔をさせて涙を流させることが大事なのではなくって、その時の働きかけが「その後」にどういう好ましい経過を持続的にもたらすかということである。


恋愛中の彼女が朝から晩まで


「好き、だーい好き、愛している、一緒にいたい、くっつきたい、ひっつきたい、離れたくない」
と、言い続けているとしたら、この言葉の積み重ねは、二人の関係をより強固なものにするために働くよりも、別れの日がより早く来ることを加速している方に働いていると見る方が順当である。


【ブログ内 ミニ劇場】

前々からさんざんデートに誘い、やっと今日初デートにこぎ着けて、一日過ごす。ぎこちなく清く正しいデートを終えて、それでも彼女は駅まで送ってくれた。電車の内外に分かれた二人。なかなか目を合わせてくれない彼女を見つめている彼。電車が動きだす。


ふっと顔を上げた彼女は彼に向かって何が一言。おりからの発車のベルに声は聞こえない。


「えっ、何?」と聞き返す彼。彼女の口元を見つめた彼の目に飛び込んだのは

「好・き」

と動く彼女のくちびるの動きだった。



なんてシチュエーション(は経験したことないけど)であれば、その後の「彼」は、電車内にもかかわらず、万歳三唱・国旗掲揚・国歌斉唱・校歌も斉唱・欣喜雀躍・勇気凛々瑠璃の色になることは間違いない。


当分の間何を見てもバラ色に見え、何を見ても笑い、それまで彼の持病として君臨していた頭痛、肩こり、胃の重さ、腰痛、膝痛、倦怠感、動悸、息切れ、歯槽膿漏なども当分はなりをひそめるであろう。


彼女はほんの0.3秒ぐらいのアクションで、音声の力さえ使うことなく、彼をここまで持続的に変化せしめたのである。

さらに、この数日後彼女は急に遠い町に引っ越すことになった。その日のデートは、最後のデートとなった。


なんてシチュエーションになると、この「好・き」の残存効果はさらに強力になり、長期い渡って彼に何物かをもたらし続けていくことだろう。


質の悪いものの満腹感は停滞を生み、良質な刺激による変化の未完成は、みずからの手によってその続きを完成させようという変化につながる(可能性が高い)。


しかしながら、平凡な刺激であれば、未完成にしようが何をしようが、相手には何も呼び起こさない。似て非なるものとなる。


さらに好ましい刺激をなんら与えないで、しかし関係は強固であると盲信していると、関係そのものはあっけなく消滅する。


電車の窓越しに「好・き」と言われた経験は皆無だが、気が付くと彼女が消えて、別の誰かの彼女になっていたという経験は過去豊富にある筆者であった。


修業あるのみである。(整体のね)