762話 天丼の裏には何がある

南森町で、「天丼 500円」のお店に入った。


BGMにかかっている有線放送が、いきなり南沙織である。びっくりしていると続いて松崎しげるが絶叫する。さらにピンクレディときて、歌手は忘れたが「同棲時代」と続く。


1970年代の歌が軒並みである。なぜ70年代歌謡曲なのか。いかなる営業戦略的必要性があって、この「天丼チェーン」では70年代歌謡曲をかけるのであろうか。


南沙織は、筆者が小学5年生、佐藤学級だったころに流行った歌である。

「誰もいない海 二人の愛を確かめたくて〜 
 
 あなたの腕に 飛び込んでみたの」


おおおおお!


小学5年生の筆者は、17歳になると、長い髪のべっぴんさんが浜辺で自分の胸に飛び込んでくるのを想像し、期待にむねを踊らせたのであった。


ちなみに、筆者17歳のおり、まったくそういう状況は生まれなかった。まったく女っ気がなかった。アルコール臭いおじさんに混じって、甲子園球場ライトスタンドで虎のマークの旗を振っていた。


まあ、それはいい。(どう、いいんだ)


今46歳の筆者が11歳のころの歌だ、ということは、この有線のターゲットは、筆者より上の年代を狙ってのBGMだ、と推理できる。


そうなんだ、『500円天丼』のこの店のターゲットは、40代中盤以後ね。メインは50代か。つまりサラリーマン定年前最晩年15年あたりが、このお店では「500円天丼」の看板に釣られて入ってくるメインだ、という認識なのだ。


ところで、歌詞を「言葉」としてではなく、「サウンドの一要素」と扱っているがごとくの昨今のJポップとやらに比較して、この時代の歌詞というのはなかなか凄い。


特に「同棲時代」。


ふたりはいつも 傷つけあって暮らした

それが二人の愛の形だと信じた
このあたりまでは、まあいい。


・・・・あなたを殺して 私も死のうと思った

それが愛することだと信じ 喜びにふるえた

げ、ずえ〜ったい今、こんな歌流行らないわなあ。



などと考えつつ、天丼と冷やしうどんセットを賞味したのち、帰り際に店長らしきあんちゃんになにゆえ、この年代の曲なのかを尋ねたら


「あ、これ私の趣味ですねん。最近の曲は訳分からないんで。このチャンネルは70年から90年代ですねん。落ち着きますやろ」


との回答であった。


あ、そうなの、それだけなの。


サラリーマン最晩年をターゲットにしたチェーン店の経営戦略ではなく、単にお店の店長の好みであった。70年代とおぼしき曲が立て続けにかかったのも偶然であった。


『表に出ているもの(今回の場合はBGMね)』の裏側で、誰かがそれを決めたから表に出てくるのである。そういう裏を推理するのは、外れても楽しい。