778話 都市化

私は非常に幸せである、と数日前に書いたし、たびたび書いた。


それは、嘘ではない。しみじみと幸福感や気持ちよさを味わう度合いというのは、確実に増えている。


たとえば、気温の高いのは感じてるけれども「暑い」という不快感は感じておらず、いろんな人に「暑いねえ」「たまらんねえ」と言われて「え、そうなの?」というようなことがあった。


「今日は、この風が通る感触がたまらなくいいなあ」

とか


「木立の日陰が最高だなあ」


などと幸せを感じているのである。


養老先生は、「都市化」という物差しで世相・世界を分析されていて、筆者はいたく腑に落ちた感覚があった。


都市化とは「脳化」であって、そこでは人の意識が作り出したものに囲まれている。人が作り出したものであるから、いちいちそれに説明がつく。


説明がつかないものが「自然」である。


ゆえに近代化されたマンションやビルにゴキブリが登場した場合に、逆上し一刻も早く殲滅しようとするのも、ゴキブリが都市化されていない『自然』そのものであるからだ。ゴキブリの見た目、形状、なんであんなにぬらぬらしているんだ、などなど都市化の目からは理解不可能である。理由がわからない。ゆえに人は逆上し、スリッパをもって追い回し、殲滅せざるを得ないのだ!と養老老師は語るのである、



しあわせ、不幸せとは実に主観的だわ、というえこまさんのコメントに共感するものである。


その自分が「都市化された価値観」を主たる価値観にもつか、「都市化しきれない価値観」の方に軸足が残っているかで、幸せ・不幸せ基準は変わる。


筆者は、どうも都市化しきれない方に軸足を置いている度合いが大きいようである。