809話 なぜうまくいく事態は起こらなかったのか 1

世の中の当たり前になっていないからといって、正しくないわけでもないし、世の中の当たり前になっているからといって、正しい訳でもない。


最近は、無意識、潜在意識、頭より体路線で走っているからこそ、意識的な努力や計画的な行動というようなものをどう扱うか、どうするんじゃ、おう、コラ、オウ、というのが大脳の反対方向に噴出してきた、ということを思い浮かべながらこれを書いている。


物事を考えるに際しては、やはり内田老師の教えに触発される筆者である。


「考えることの達人」内田老師は、ある事柄を考える際に『なぜそのようなことが起こったか?』を考えるのではなく『なぜ、そうでない事態は起こらなかったか』と切り込まれるのである。


筆者は、この「過去のとらえ方」を「これから」に対して使ってみた。


休日。


よ〜し、今日を自分にも家族にも私的にも仕事面でも充実させて、いい日にするぞ〜!などと思いつつ、気がついたら夜中で、「あれ、今日っていったい何したの」というぐらい何ら実りのない一日を過ごした経験というのは、いくらでもある。


自分にも家族にも私的にも仕事面でもなんら見るべきものがない、という不充実な一日である。あっ、よく考えたら休日以外でもそういう日はいくらでもある。


しかし実際のこのブログを読むと、毎日楽しそうである。書いた本人が読んでも楽しいのであるから、やはり本当に楽しかったのだろう。でなきゃ嘘を書いていることになり、書いた本人は嘘だと知っているから、読んで楽しいわけがない。


そういう楽しさは何によってもたらされているかというと、私にかかわってくださる方々が楽しいのである。筆者自身の意識的な努力によってもたらされているものは、微々たるものである。


それで、『この「過去のとらえ方」を「これから」に対して使ってみた。』の話である。