917話 あさちゃん洗脳作戦 後編

しかし、毎夜自宅には帰れない遠距離労働の父である。自らの手による自宅BGMかけっぱなし作戦は実行できない。しかし、そのための作戦はすでに立てている。


ターゲットはひろきである。彼は受験勉強に熱心である。夏休みもせっせと猛勉強していた。彼は何か勘違いして親父を尊敬していると公言している。しかし、その親父が中三の夏休みには、自分が8ヶ月後には入試、9ヶ月後に高校生になるということはまったく頭になく、五泊六日日本海自転車でキャンプの旅、などと遊びほうけていたのである。誰に言われることなく勉学に励む君は偉い。


話を戻そう。


「Call Me」の歌詞カードはローソン久保丁店ですでにコピーしてある。


そして、親父はそのコピーを手に息子に話しかけるであろう。前々回の模試でなかなかの成績を取った時に、数学と英語がいくぶん後れを取っていたという彼のウィークポイントを攻めるのである。


「息子よ。英語の実力をアップする秘伝を授けてやろう。いいか、数多くの問題集をこなし、豊富な単語力を付ける、もちろんそれは重要である。しかしな、英語は言語であるのだよ。言葉なのだよ。決してクイズではないのだよ。」


「入試という極限状態で英語の結果を分けるのは、生きた英語を我がものとした者と、単に勉強の対象としてしか観なかったものの差なのだよ」


「そのためには、簡単な文でいいから、ネイティブな発音で繰り返し聞き、肌身にしみこませることなのだよ。あ、そうだ、歌がいいなあ。あれ、たまたまこんなところに歌詞カードがあるぞ。コールミーだって。うん、あ、これはいい。簡単な単語ばかりだぞ。」

 ♪から〜 み〜 ゆあ から〜 べいびぃ
   こーる おん みー ゆあ こーる ♪


「ほら、カラーも ミーも ユア カラー もベイビイも知っている単語ばかりでしょ。耳で聴いただけではさっぱりなこの歌もこうやって単語とつきあわせたらけっこう簡単な単語なんだよねえ。こういう簡単な単語の歌を一曲マスターしちゃうと、英語の苦手意識が激減して、まあ入試で7点は違うな。うん」


と教え諭すであろう。そして

「もしも、ね、たとえばこんな和文英訳の問題が出るとするでしょ」


  【問題1】下記の和文を英文になおしなさい

      「私を欲望のシーツにくるんで」


これって、普通の中学生には解けないけどね、Call Meを聴き込んでいる君なら大丈夫。たちどころに

  【回答 1】 Roll me in dejsire's sheets

という回答がスラスラと出てくるのは間違いない」


「あ、でもヘッドフォンステレオで聴いちゃダメだよ。ヘッドフォンでは『肌に』しみこまないからね、ちゃんと(あさちゃんの部屋に聞こえるように)スピーカーで聴きなさい。一日中聴きなさい。」


かくして、となりのお兄ちゃんの部屋から常時聞こえるサウンドは、あさちゃんの脳裏に刻まれるであろう。



という作戦を立てながら、イズミヤでひろきにシャツを買ってやる父であった。