928話 亀田戦からボクシングの思い出 2

その語調がなんとも本気なのであります。相手の土俵に上がるということばがありますが、文字通り「相手のリング」に上がっているわけでありまして、K築くんもなにか一人で部の威信といいますが、ボクシングのメンツを背負ってしまってようであります。


いざ対戦が始まりました。たしか、レフリーの方もちゃんと(蝶ネクタイ締めてました)ついて下さったように思えます。


開始おそらく十数秒で、前傾になった私の右の前頭部にパンチが当たりました。私は今の今まで左の「必殺」のアッパーだと思っていましたが、どうも違うようです。右の目の上の部分で、ボクサーがよく切る肉の薄い部分よりは上の、ごっつい骨で守られているあたりです。


K築くんも、そのあたりはちゃんと危ないところは避けてくれていたようです。


なぜ今の今まで『「必殺」のアッパー』と思っていたかというと、それぐらい痛かったのであります。たわむれにボクシンググローブなどをはめると、たいていの人はまずグローブどうしを打ち合わせて、感触を確かめます。反射的に何かが殴りたくなるのですが、人様をいきなり殴ると犯罪ですし、どうぞ、という方もあまりありませんから、自分のほお骨あたりを殴ってみます。


すると少々強く殴ってもグローブのクッションがありますから、ショックはあるが痛みはない。ボクサーのパンチというのはその延長線上で、この「ショックがきわめて強いもの」と思っておりましたが大間違いであります。


痛いのです、痛いなんてもんじゃない。どんな風に痛いかというと、ごつい布でくるんだ金槌で殴られたらこんな感じなんだろうなあというぐらい痛い。


だから、それだけの痛みを生み出すパンチは、体重を乗せて突き上げる必殺アッパーカットであったと思っていたのであります。が、今その時にパンチの当たった時のことを思い出すと、上にのけぞった覚えがない。痛みにいきなりそのまま丸まった記憶だったのであります。


ということは踏み込んで突き上げるアッパーではなく、前にある左手をそのまま伸ばすだけという「ジャブ」という最も軽いパンチだった可能性の方が浮上してきました。


そうか、ジャブであれだけ痛いんだ。


K築くんは、もっとも骨のごつい安全な前頭部をジャブでちょんと叩いただけだったようです。だから脳しんとうなどは起こしませんので、ダウンにはならない。しかし、あまりの痛さに戦闘続行不能状態でしたので、そこで「番外 異種格闘技戦」は終了であります。


ダウンするようなパンチというのは、これよりももっと痛いのがさらに体重を乗せて、脳をゆらすように打ち込まれるのであります。


それ以来筆者は、ボクシングを見ると、両手に布をかぶせた金槌を持ってどつきあっているように見えるのでありますが、これがボクシングの実態に近いと思います。


そういう痛〜いパンチのボクシングの世界チャンピオンクラスともなると、どれぐらい痛いかというのは想像できません。だからそういうパンチをもらいたくないのは、戦っているボクサーが一番そう思っていると思います。


ゆえにその「金槌のどつきあいのような」痛いパンチを受けないためのディフェンスの技術を磨くわけです。


そこで出てくるのは、ルールであります。ボクシングではグローブの前面でしか叩いちゃいけないことになっています。手刀も裏拳も無しであります。