1080話 スーパー緑くん その4


おそらく、色覚少数派にとどまらず、今「障害」として扱われている状態の何割かは


現代社会に要求される能力としては不足しているとされる面があるが、前提になっている条件が別のものに変われば、立派な『能力』として認知され、頼りにされる可能性さえあるもの」


ではないかと思えるのです。


もちろん、筆者の体験上、運動に困難さをもつ方が、比較的簡単な身体へのアプローチで過去10年以上のリハビリよりも効果的に運動能力を取りもどしている例などもあります。


だから、全ての障害が「そのままでいいよ」とは思っていません。


適切な働きかけで、無理矢理でなく能力が復活・回復・向上するのであれば、それはそうすることがいいと思っています。


しかし、一方では治るということばを当てはめるべきでない「ある条件下では能力になる」というものの場合は、どこに当てはめればその長所が発揮できるだろう、という視点で見ることが大事だろうな、ということを合わせて考えていきたいのです。



ダルトンのめがねというのは、正常色覚が三原色に対しての感受性が100%100%100%である一般の目を一応に基準にして、「見えすぎる緑に少しフィルターを欠けて減らし、残る赤や黄色の割合も補正して、三原色が1:1:1に最も近くなるレンズを選ぶという方法です。


光量時代はカットするのですから減少します。視界は少し暗くなります。ようするにサングラスなのですから当たり前です。


カットされる光はレンズの表面ではじきますので、角度によっては「ミラーグラス」です。ひろきの選んだめがねフレーム(というか持ち合わせの金額で必然的にそれになってしまっただけであったが)では、ひろきは「月光仮面ごっこをしている少年」のような風貌になります。


彼は今、世間で○○色と言われている色が、裸眼では○○色に見え、矯正した後にはどういう色に見えるのか、というのを白井さんにもらった色見本の用紙の見え方を参考にしてすりあわせたりしています。


色弱は遺伝的なものです。そして男性に圧倒的に多い。


うろ覚えの遺伝の話を引き出して(もしあきらかに不正確な場合はご指摘下さい)ご説明します。


女性は父方からと母方からとの両方にその「スーパー緑遺伝子」が組み込まれていないと発現しないのですが、(XXの両方ということね)男性の場合はXYのうち、女性からのX一つで発現するのです。


そこで、親の男性兄弟に色覚少数派がいて、お母さんに因子がある場合は、お母さんや娘には出ないで、その息子に出てくるのです。ゆえに「この子の目がこんなになってしまったのは、私のせい」だと母親が胸をかきむしられる思いをしていることが非常に多い。


白井さんは言いました。


「お母さんにお礼を言おう。今まで能力的に劣っていたと思っていたけれど、こんなに緑を豊かに見える目をくれてありがとうってね」


このめがねは7万円少々でできます。(別にフレーム代はいります)


筆者の母上が、老眼に近視になんやらにと込み入っためがねを安物でないフレームで作ったら、二〜三万円でない金額がかかっていました。


ようするにやや上等のめがねの値段で、多数派の色覚の人ってこういう見方をしているんだ、ということがわかり、正常?色覚の世界が分からないコンプレックスのような呪縛から解放されます。親も楽になります。


もちろん、世間の色々な場面が正常色覚・多数派色覚の感覚をもとに作られていますので、それを色覚少数派も不自由ないような理解のあるものにしていく、ということはこれからますます推進されなければならないと思います。(色表示の下に色名を表示するようなね)


今日もひろきは、時々月光仮面めがねで、いろいろと色を確認しながら生活しています。


「うん、ごっつう良かった」


というのが彼の感想です。


彼は障害をカバーしたのではありません。


二つの世界を手に入れたのです。



【ところで】


ところで、ドラゴン親父の結果ですが、ひろきは無事第一志望校に合格いたしました。特定の神仏には帰依しないドラゴン親父ですが、ホロンさんのオフィスのすぐ横という地の利もあり、大阪天満宮にてお守りを買い、絵馬を奉納していたのでありました。


今だから言えるのですが、ドラゴン親父は、絵馬に書いた志望校の校名の漢字を見事に間違えて、存在しない学校の合格祈願をしておりました。


お願いされた天神さんも「これはいったいどこの学校に合格させればよいのであろうか」と悩まれたことだろうと推察されるのであります。


試験の前日、何を血迷ったかあさちゃんとふたりで「ビリー・ザ・ブートキャンプ」を励み、汗まみれなったままにして体を冷やし、当日発熱してふらふらと試験に行った彼は、ずいぶんとハラハラする自己採点結果であったのでありました。おそらく合格最低点かその近所であったことは間違いありません。


にもかかわらずの合格は、やはり天神様のご利益があったと考えた方がよいのでせうか。架空高校を祈願した親父のばちが当たったのでせうか。


このようなばか話を書けることに感謝。お世話になった諸先生方のお陰でありますね。