いろいろ
22日の朝の「特ダネ」で、今年亡くなった著名人の特集をやっていた。
その中で水前寺清子の「365歩のマーチ」を作詞した星野哲朗さんも取り上げられていた。
その中でとても印象深かった生前のエピソード。
何年か前に腹部大動脈瘤の手術をして回復。その後に体力回復のためのリハビリテーションとして、星野さんは公園の捨てられた空き缶拾いを始めた。
息子さんが語るには「雨の日でも風の日でも一日も休まないんです」
壁の飾り棚の一角には、「記念の空き缶」が並べられている。その一つを息子さんが手にとって
「これが14万本記念の缶ですです」
続いて画面に映ったのは星野さんの記録ノート。日付と拾った缶の数、通算数がぎっしりと書かれている。
星野さんの14万本という「偉業」を支えていたのが毎日の記録だったのである。
決心決意なんてものは、続かない(すくなくとも私は)。記憶はウソをつくが、記録はウソをつかない。
決心はその場だが、記録は流れになる。
気力は続かないが、記録力は力になる。
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気づかない見落とし(技術的には身体の周囲の意識の薄いところ)を埋めると、感覚が変わり、情報処理が変わり、身体が変わり、動きが変わる、というようなことを最近追いかけているというのは既報の通り。
たこ焼きを一日半中断することで、復活後にさらに効果があがってさくさくと仕事がはかどること、はかどること、ということを昨日書いた。
書いた後で、不安になった。筆者は、いいかなと思ったことを実際にやってみて「これはいいぞ」という方法を見つけては紹介するような仕事である。
中断しちゃいけない人が中断するんじゃないかなあという心配である。
この中断法が効果を発揮するのは、きわめて調子よくたこ焼きが続いている人(時)である。
しかし、中断すると(休むと)効果が出るという一文を読んで、「じゃあ中断しよ」という方向にあっっさりと舵を切るのは、たいていはさほどうまくいっていない人である。
うまくいっている人というのは、ストップウォッチを取り上げられたら禁断症状に手が震え、手帳を隠されたら狂気のように探し回り、多色ボールペンがないと夜も明けないという方々のことである。
そういう方は「たこ焼きを意識的に休むと効果が出る」という一文を読んでも、頭の中にストックするもののすぐにはやめようとしない人である。
そういう時に中断することで、一気にレベルアップする。
「うまくいっている時に」「意識的に」というのが鍵である。
だけどえてして「うまくいっていない人が」「なし崩し的に」ずるずると休んでしまうというのが常である。だから、続いていることがあると、怖くて休めない。そこで休むと伸びる。
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たこ焼きに限らず、こちらが提案し、講習した何かを練習・実行している方々を見ると、うまくいっている人は受け取ってそのまま実行している割合が高い。
うまくいっていない人というのは、悪気なく「部分のみ実行」をやっていたり「一部・今までの自分がやりやすいように変更」なんてことをしている。
そして、多くの場合は、はずしてはいけない「キモ」の部分をはずし、変更し、やりながら変更=実情に合わせて発展させていいところは手つかずである。
ここで冒頭に書いた『気づかない見落とし(技術的には身体の周囲の意識の薄いところ)を埋めると、感覚が変わり、情報処理が変わり、身体が変わり、動きが変わる』に話は戻る。
今感覚のあるところだけでも十全に働かせる。働かせるほど、うまくいかない部分がそれでもあることに気づく。だから、
勝手にレベルの想定を下げて「こんなもんだろう」という人が部分取りをして、しかもそれによって損なわれたものに気づけない。
ストップウォッチを使わないで、たこ焼きだと思っていたMさんのケースはこれだ。
ここまで書いて終わりだと思ったら、以下の文章が出てきた。
人のことはわかるが、自分のは解らない。だから、部分取りをしている人に「それは違いまっせ」と指摘することはできるが、どうすれば自分がそれをしないようにできるかというのは解らない。わっ、ホンマや。解ってないわ‥‥
また研究テーマが増えた。