17日〜18日 那智勝浦のことなど


きれいになった井関保育所


土曜日。午後のクラスの後の整体を終えて後、自動車で5時間かけて那智勝浦へ。合宿にも参加する総勢5名で。


那智谷ハウスでは、お祭り男のひーさん、移住組の和助さんに、トム、合宿に先だって那智勝浦のボランティアを3日している山梨のタカさん、先日まで石巻だった名古屋のよんちゃんらと合流。


2時半ごろまであれこれ那智勝浦および石巻の現状やこれからの話をして過ごす。




日曜日、今日は井関地区の合同法要。それから一週間後に控える井関保育所の卒園式の準備。


どっさりと土砂に埋もれた保育所。最初は資材置き場として、ボランティアの現地サテライトとして、そして少しでも地元の人の交流が深まるようにと映画館などのイベント会場として、ものすごくたくさんの人の手で少しずつきれいになっていった保育所


段ボールだった壁も透明シートに張り替えられて、ますます明るい雰囲気に。そこへ園長先生以下、保母さんと父兄によって保育所らしい飾り付けがなされて、どんどん本来の保育所の雰囲気になっていきます。


合宿参加組のつっくんや俵さんやうちの長男のひろきらは、合流してせっせとお掃除。


ちっちゃなこどもたちも連れて来られていて、こどもたちには、先日滋賀県の十河さんが企業からの支援物資として仲介して届けて下さった飲料類が配られていました。


「せんせ、そろそろ効き目が切れまして、次にいつ来られるんかと思ってました」と、遺族会代表の腰痛のぶっちーの整体などもやりながら、あれこれ現状をお聞きする。


住民とボランティアの合同作業で作られている慰霊碑の除幕式は今日の午後。死亡が確認されて人はお葬式もあげられるし、お墓にも入ってもらえる。花をたむけてお参りするところができる。


ところが、行方不明の場合はもう亡くなっているとしか考えられない状態であっても、さっさとお葬式という気持ちにはなれない。失踪扱いで一年待って死亡宣告をしてからからということになるらしい。


慰霊碑ができたので、それまでお参りできるところができる、花をたむけるところができると、行方不明の方の家族の人に深くお礼を言われたというような、ぶっちーの話を聞く。


出発前に書いた「序幕式の準備もちょこっとお手伝いするかも」というような内容にふれた16日の拙ブログに、実際に家族をなくされた方から、お礼のコメントを頂く。


実際にそれは16日のブログを見ていただくとして、こうやってお礼の言葉などを頂くと、身の引き締まる思いがする。実際に何か役立ちたいと被災地に行くのだけれど、直接間接私自身や仲間が現地の方々とすれ違うこともある。知らずに傷つけたり、感情を逆なでしていることもある。たぶん。たまにあったからすべてが発覚すればもっともっとあるだろう。


だから間違っていなかったんだという言葉を頂くと、いっそう身が引き締まる思いがする。もちろん、このお礼の言葉は私に対してではなく、活動したすべての人に対してのものを、ブログを使って述べて下さったものではあるのだけれど。



ひーさん、和助さんと、よんちゃんらが、午後からの慰霊碑除幕式に備えて、強くなった雨の中テントなどを張り始めたところで時間切れ。合宿組は潮岬へ移動です。



除幕式の模様は、和助さんの絆ブログ

http://openjapan.net/



はなこさんのWithブログ

http://blog.livedoor.jp/nachikatsu/

で詳しく載っています。