本職でボランティア 祭りで復活 石巻5月5日の朝

長らく中断しておりました、連載の続きです。


東日本大震災ボランティア活動記録

「本職でボランティア」 



これは一昨年3〜5月に、宮城県石巻市の災害現場でお会いした「過去の災害救援からの経験豊富なボランティア」「さまざまな本職を活かして、被災者に喜ばれる技能・職能ボランティア」のみなさんの活動を、「こんな活動もあるんだ、こんな活動をしている人もいるんだ」ということを多くの方に知ってもらいたいと、大急ぎで本一冊分ぐらいの分量を書き、筆者の関係者にお配りしたものです。とにかく一日でも早く多くの人が読み、被災地にさまざまなプロが駆けつけてくれればという思いで書いたため、内容には筆者の独断や偏見、認識不足や事実誤認も含まれていることをお詫びいたします。また内容はあくまでも二年近く前の当時の状況に基づいて書かれたもので、現状とはずいぶん離れています。当時の様子を知っていただくためにも、ほぼ原文のまま掲載いたします。

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第4章 祭りで復活 石巻

5月5日 祭り当日 1


 5月5日 祭りで復活石巻


 祭り当日。例のごとく朝7時のミーティングが始まる。多くのチームが祭りに協力して神社に合流するが、また多くのチームがいつも通りの活動を守る。

「炊き出し班 おざざチーム」


「大街道小学校ブロードウェイ食堂700食。200食デリバリー、30食釜会館です。夕食炊き出しは、今日は150〜180食です」

ちなみに、このブロードウェイ食堂という名前は、写真は後回しのカメラマン・有人さんの命名らしい。ブロードは「大きい」「広がり」の意味で、ウェイは道である。大きい道=街道で大街道。ちょっとしゃれてません?


「湊中学校・みなと食堂です。炊き出しは200食。デリバリーは昨日で終了しました」


「神社でcafeです。チャイのカフェをやります。三線(さんしん)カフェやろうと思っています」


「大衆食堂ジプシーのバブです。(昨日は大衆食堂カリフォルニアと言っていた)今日は神社で『鳥の唐揚げ』をやります。昨日の炊き出し実績から見て、1300食ぐらいいくんじゃないですか」


「では、マッドバスターズ、泥出し・がれき撤去班」


「助さんです。今日も牡鹿半島の浜の漁具回収をやります。日本財団ボランティアなど大学生、防衛大学の学生も合流して150人、一緒にやります。」


「クロさん、何か追加ない?」


「今日は東北方面の自衛隊の総監部、つまり東北の自衛隊で一番偉い人が防衛大学生の活動を視察に来ます。」


 防衛大学生のいわばボランティア活動を、総監部の偉い人がわざわざ視察に来るというのは、けっこう異例なんじゃないかな。


自衛隊ですから、防衛大学生も部隊の人も、きちっと並んでお出迎えです。これにもちょっと行ってきます」


「ユニック鈴木さん」


「昨日は、丸太60本ぐらいどかしました。今日も牡鹿組と連携です」


八ヶ岳ピースワーカーズ」


「ちゃんです。今日はお祭りで、カフェと、おでんやります!」


「キッズチーム なべちゃん」


「今日のお祭りには、ミュージシャンが何人か、それから大道芸とか来ます」


「移送チーム レラさん」


「移送チームです。今日も市内人工透析の方を中心に10件以上の移送要請が入っています。…けど、お祭り行きた〜い」

 ※レラさんは、2013年現在も石巻で活動を継続。その間の移送者は4万人を超えたそうだ


「祭りプロジェクト」


「茂木です。僕は明日神社でお地蔵さんプロジェクトをやります。」


茂木さんの足下の座り机には、半製品の粘土のハニワみたいなものが多数置かれている。「希望する人には、この泥人形を願いを込めてお地蔵さんに作ってもらいます。できたそれは、神社でちゃんと拝んでもらって、そして焼いて(茂木さんは陶芸家である)完成したものをちゃんと奉納してもらうことになっています」


「いまちゃん」


「私、こんなに悲しいこどもの日は初めてやねん。福島の原発のんとか、こんなひどい状況を子どもたちに背負わせることになってしまって。」


「お祭りいうのんは、神事やからね。その土地の人が大事にしてはる、そこの神社の神さまの神事やからね。イベントやないからね、そこのところ気をつけてやらなあかんねん」


「ひーさん」


「祭りをやるなんて、最初っから全然考えていなかったんです。前にボランティアに来た時、もう活動を終えて帰るというころ、大宮神社で桜の倒木を見ました。見たら、倒れた桜にちゃんとつぼみがついているんです。俺、すっげえ感動しました。それで、何でそう言ったのか自分でもよく覚えていないんですけど、宮司さんに『この桜が咲くころには、この神社を片づけにきっと来ます!』と言ってたんです。」


「そしたら、ほんとうに桜が咲くころに来ていました。でも、最初は無理だ、片づくのかなと思っていたんです。それがのべ100人、300人というボランティアが入ったらどんどん片づいていきました。そしたら何かやれっかなという気持ちになってくるんですよね」

「俺、東北の生まれなんですよ。東北というところは、神社を中心にした地域のコミュニティが強いんですよ。東北は祭りが中心なんです」


「だから、片づいてきた神社で何かできないかなと。だけど自分たちは部外者だから、できない。神社でやるんだったら土地の人がやらないと。そうしたら宮司さんもやろうと言って下さったんです。」


「だから、今日の祭りで、地域の、石巻の復活の第一歩になれないかなと思っているんです。だけどね、祭りというのは、地域の祭りだからね。部外者の俺たちだけが盛り上がってもだめだと思うんですよ。イベントになっちゃいけない。そこみんな気をつけたうえで、」思いっきり盛り上げてほしいです。」


軽トラに太鼓を積み込む。一台には乗りきらないので、もう一台は後藤棟梁が運んでくれる。朝の整体チームミーティングを終え、祭り会場へと向かう。海側を走る国道を北に向かって、つぶれたシェル石油の三叉路につきあたり、右に入ってすぐが大宮神社だとマジックで手書きしてコピーしただけの祭りのちらしに書いてあった。


はいはい、ちゃんと誰かが看板を作って表示してくれています。このあたりが渡波(わたのは)地区だ。一帯はがれき化しているか、とうてい住めないレベルで破壊された家が圧倒的に多く、無事な家も一階は泥に浸かっている。壊れた家は流されてしまわないで、ほぼその場にある家が多い。神社に続く道の途中、道路側にかしいで大きく傾いている家がある。通常なら、ロープでも張って「危険」の表示でもありそうな状態だろう。


がれきの向こうに松ノ木が見える。あそこが神社だ。神社に近づく途中の道の両側も、ほとんど原型から変わってしまった家しかない。


神社手前まで来た。大きく「祭」と書いた看板を出して、車が迂回するように、交通規制をしている。


担当しているのは、けーた(だんじり若衆・岸和田中町)くんだ。太鼓を積んでいるので、顔パスで通してもらって、だんじり青年の誘導で、神社裏に車をつける。


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【新大阪健康道場からのインフォメーション】

近づいてきました、進化体操3月合宿
3月22日〜24日(一泊二日参加可能)

兵庫県宍粟市一宮町スポニックパーク一宮

http://ameblo.jp/sinkataisou/entry-11483138858.html