身体の声を聞く

阪神タイガースで活躍した下柳剛選手。最近『ボディ・ブレイン』という本を出版しました。


ボディ・ブレイン: どん底から這い上がるための法則(ルール)


下柳さんは、いわゆる「イメージトレーニング」の側から身体を見つめなおし、瞑想・禅やさまざまなトレーニングを課し、40前の年齢でその年の最多勝のタイトルを取ると決めて、そのシーズン本当に取ってしまいます。その年には、打者のあらゆる動きが読め、いわゆる年間を通して「ゾーンに入っていた」状態だったそうです。


書名である「ボディ・ブレイン」、身体脳とでも訳したらいいでしょうか、まさしくこのブログを通して書きたいことそのものです。時々お借りしよう。


前回書いた「やる気の速度」というのは何か確かめられましたか?むずかしいかな。日常動作を観察していくと、無意識にあれこれやれていても、それは実は自然体ではなくって、こびりついた癖の動きだったりするんです。


だから、そこは固着してしまって動かしにくかったりするので、「ベストの速度感」なんてのも、けっこう難しいです。なんとなくゆっくりのこれぐらいかな、ということをやり、実際におふとんをふだんの5倍ぐらいゆっくりと畳んで押し入れに直すなんてことは人はなかなかやりませんから。


無理やりまとめれば、好調というのは一定の基準を設定してしまってそこにかなう、と思いがちですが、体側からすればその日その日のベストな動きも速度も違う場合だってけっこうあるよ、ということです。これがいい、と思い込んでいるものがあると、それにかなわないと調子が悪いと思ってしまいます。


さて前期した下柳選手の興味深いエピソードの一つ。とても調子のいい試合で急にストライクが入らなくなることがあり、4ボールを出してしまう場面について、こんなふうに書いています。こういうコメントはスポーツ選手からめったに聞けないんじゃないかな。でもものすごく核心をついた指摘ではないかと感じてます。


下柳 剛『ボディ・ブレイン』P77より


「逆に最高に調子が良かったはずなのに、ある打者を迎えたとたん、突然ストライクが入らなくなることもあった。違和感を無視しては投げては打たれるを繰り返した後ふとこんな思いにたちいたった。「ああ、これはバッターのタイミングが合っていたから身体が嫌がっていたんだな。」と。


それ以降は身体のセンサーを信頼し、無理にストライクを取らずに次の打者で勝負するようになった。結果的に勝負強くなり、勝ち星が増えていったのだから面白い。次の打者には普通に投げられることが、我ながら実に不思議だった。」(引用ここまで)


そうですね。「ファーボールは悪いもの」という脳が決めた価値観を上座に置くと、「ストライクが入りにくくて調子が悪い」となってしまいます。でも身体が「やられると察知して、やられないように逃げた」のだとしたらすごいですね。そういう力が本当に自覚できたら、次にはどうやってそれを使いこなせるようにしていくか、というのが日々の修練になります。これは普通のスポーツ感覚や苦痛に耐えて根性でがんばるのとはまったく違う方向に進みます。


しかしカラダの方が『やられると察知して、やられないように逃げよう』としているのに、それを脳が原因不明の不調だということにして無理やりストライクを取りに行こうとするならば、打たれるか、身体内部の分裂で身体の調子をおかしくしてしまうかもしれないですね。


この下柳選手の記述で見逃してはいけないのは、「最高に調子のいい時」に急に起きた現象だと書かれているところです。調子がいいからこそ起こるとも言えます。脳の価値観で考えると「急に調子を崩した」ということになり、身体智を信頼する立場からいえば「それこそ好調のあかし」ということになります。


どちらの状態かととらえるかで、その先の練習内容は100%別のものになります。だから身体の声を聞くなんてのは、かなり真剣に数をこなさないと使いものになりませんねー、ということです。